大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和51年(ワ)4615号 判決

原告 大場俊賢

〈ほか六名〉

原告ら七名訴訟代理人弁護士 西垣義明

右訴訟復代理人弁護士 成田健治

被告 東京都

右代表者知事 鈴木俊一

右指定代理人 飯田務

〈ほか三名〉

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告ら

(一)  被告は、原告大場俊賢に対し金八五万〇、一六〇円、同林謙治に対し金一七万円、同長谷川光良に対し金一七万円、同岡部一見に対し金一二万円、同佐野和弘に対し金一二万円、同藤崎雅士に対し金三万円、同鈴木邦男に対し金五万円及び右各金員に対する昭和五一年四月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二  被告

(一)  主文と同旨。

(二)  仮定的に担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告らは、いずれも思想結社学生青年純正同盟(略称学純同)の組織会員又は日本主義青年学生協議会(略称日青協)の会員である。

警視庁第二機動隊所属の警察官は、被告の公権力の行使にあたる公務員である。

(二)  原告大場を除くその余の原告ら六名(以下「原告林ら六名」という。)は、昭和五一年四月二七日、原告大場所有の街頭宣伝車(以下「本件車両」という。)に乗込み、核拡散防止条約(以下「核防条約」という。)批准絶対反対を唱えて都内を街頭宣伝中、千代田区永田町一丁目三番、通称大蔵上交差点にさしかかり、国会議事堂方面に向おうとしたところ、同交差点付近で警備中の警視庁第二機動隊所属の警察官にこれを規制・阻止された。そこで原告林ら六名はこれに抗議し通行を許すよう説得していたところ、同機動隊の甲斐義隆中隊長は、突然何らの警告を発することもなく、同機動隊所属の警察官に対し、右原告ら全員の検挙を指示した。このため付近で待機していた四、五〇名の同機動隊所属の警察官が本件車両を取囲み、その携帯する警杖等で本件車両の前面及び左側面の金網、窓ガラス並びに車内にあった原告大場所有のアンプを破壊した。

また、原告林ら六名は、同機動隊所属の警察官による右暴挙に対し、何らの抵抗、反抗もしていないにもかかわらず、全員逮捕連行され、その際右警察官らからいわれなく暴行を受け、その結果原告林、同長谷川及び同鈴木は加療約一週間の傷害を負った。そして、原告林、同長谷川、同岡部及び同佐野は何らの嫌疑がないにもかかわらず、一二日間違法に拘禁された。

このように原告らは、警視庁第二機動隊所属の警察官らの右のような違法な職務行為によって、それぞれ後記各損害を蒙った。

(三)  損害

1 原告大場 金八五万〇、一六〇円

(1) 本件車両損害 金一四万三、一六〇円

(2) アンプの損害 金一〇万七、〇〇〇円

(3) 弁護士費用 金六〇万円

原告林ほか三名が拘禁されたため、原告訴訟代理人を弁護人に選任し、着手金及び同報酬金各金二〇万円の出捐を余儀なくされた。また本件訴訟提起にあたり、同代理人に事件を依頼し、着手金及び報酬金各金一〇万円を支払う旨約した。

2 原告林及び同長谷川 各金一七万円

暴行を受けた結果傷害を負い、かつ一二日間違法に拘禁された精神的損害に対する慰藉料。

3 原告岡部及び同佐野 各金一二万円

一二日間違法に拘禁されたことによる精神的損害に対する慰藉料。

4 原告藤崎 金三万円

暴行を受けかつ違法に逮捕連行されたことによる精神的損害に対する慰藉料。

5 原告鈴木 金五万円

暴行を受けた結果傷害を負い、かつ違法に逮捕連行されたことによる精神的損害に対する慰藉料。

(四)  よって、原告らは被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、前項記載の損害賠償金及びこれらに対する不法行為の日である昭和五一年四月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)の事実のうち、警視庁第二機動隊所属の警察官が被告の公権力の行使にあたる公務員であることは認め、その余は不知。

(二)  同(二)の事実のうち、原告林ら六名が昭和五一年四月二七日本件車両に乗込み、都内を原告ら主張のような街頭宣伝中、通称大蔵上交差点にさしかかり、国会議事堂方面に向かおうとしたこと、同所付近で警備中の警視庁第二機動隊所属の警察官がこれを規制したこと、同警察官らが本件車両の前面金網の一部及び同窓ガラスを破壊したこと、原告林、同長谷川、同岡部及び同佐野が逮捕され、一二日間拘禁されたことはいずれも認め、本件車両の所有者及びアンプの破壊については不知、その余は否認する。

(三)  同(三)の事実は不知。

三  被告の主張

(一)  衆議院外務委員会では昭和五一年四月二七日核防条約批准に関する審議・採決を予定していたため、同条約に反対する右翼団体等は国会議事堂付近で抗議行動を展開し、周囲は極めて喧噪な状態となった。そこで警視庁は、衆議院議院運営委員会からの要請もあり、警戒部隊を増員し、大蔵上交差点等広域に亘って警戒にあたり、国会議事堂方面に向かおうとする右翼団体等の宣伝車両に対し、その都度これを説得するなどの警戒措置をとった。

(二)  原告林ら六名は、同日午後二時五〇分ころ、本件車両に乗込み大蔵上交差点にさしかかり、国会議事堂方面に向け左折しようとした。そこで、同所で警戒中の笠原薫巡査は、原告林ら六名に対し、左折することなく直進するよう手信号で繰返し合図を行ったが、同原告らはこれに従わず、同交差点を左折してきた。そして、畠田穂積、平井益夫両派査部長が、交差点内で一旦停車した本件車両に近付き、運転していた原告佐野に対し、左折せず直進するよう説得するとともに、運転免許証等の提示を求めたりしていたところ、本件車両上部据付の演台上にいた原告長谷川は、所携の鉄パイプでいきなり同巡査部長の頭部ヘルメットを数回突いた。これを現認した甲斐中隊長は、原告長谷川を公務執行妨害の現行犯人と認め、同原告を指し示して、付近にいた警視庁第二機動隊所属の警察官にその逮捕を命じた。

(三)  そこで加倉井満巡査は、原告長谷川を逮捕するため、本件車両後部から演台に上ろうとしたところ、演台上にいた原告林が、いきなり所携の鉄パイプで同巡査の顔面を突いたので、同巡査は顔面挫傷により全治一週間の傷害を負った。

そして、警察官らが原告長谷川及び同林を公務執行妨害の現行犯人として逮捕しようとしたところ、本件車両を運転していた原告佐野は、車両を前後に移動させ、また演台上にいた原告長谷川らは鉄パイプを振回してこれを妨害した。そこで松浦清巡査部長は本件車両の移動を阻止すべく、原告佐野に対し停車を命じたが、これに応じなかったので、木製車止めと阻止アングルをその前輪タイヤにとりつけようとした。すると原告佐野は、車両直前に警察官がいることを知りながら、車両を前進させるなどして、原告長谷川及び同林の逮捕を妨げた。そこで松浦巡査部長は、原告佐野を公務執行妨害の現行犯人と認め、同原告を逮捕するため、本件車両の扉をあけようとしたが施錠されていたので、原告佐野に対し、再三に亘り、停車のうえ降車するよう警告したが、同原告は依然本件車両を前後に移動させていたので、同巡査部長は、同原告逮捕のため、本件車両前面ガラスに取付けられていた金網をとりはずしにかかった。ところが、このとき原告佐野が急に本件車両を前進させたので、松浦巡査部長の近くにいて逮捕活動に従事していた加倉井巡査は、同巡査部長の身の危険を感じ、咄嗟に所携の警杖で前面フロントガラスを破り、同時に大声で止まれと警告した。

(四)  その後本件車両の前後に木製車止と阻止アングルがかけられ、同車両は停止した。そして松浦巡査部長は、原告佐野に対し、公務執行妨害で逮捕する旨告知して同原告を逮捕した。

(五)  一方平井巡査部長及び加倉井巡査らは、原告長谷川及び同林を逮捕するため、本件車両後部から演台に上り、同原告らに対し、公務執行妨害で逮捕する旨告知して、同原告らを逮捕した。

(六)  上野教一巡査は加倉井巡査に引続き演台に上ったところ、原告岡部が怒鳴りながら、右手に所持していたトランジスターメガホンで上野巡査の左肩を強く二回突いたうえ、その前面に立塞って逮捕行為を妨害したので、同巡査は原告岡部に対し、公務執行妨害で逮捕する旨告知し、同原告を逮捕した。

(七)  原告藤崎は演台上において、原告鈴木は車内において、それぞれ他の原告らが逮捕されたころ怒鳴り続けていたので、畠田、松浦両巡査部長らがそれぞれ原告藤崎及び同鈴木を参考人として、降車同行するよう促したところ、右両原告は、任意にこれに従って降車し、逮捕された原告らに引続き、輸送車に乗車し麹町警察署まで同行した。

(八)  以上のとおり、甲斐中隊長らが、大蔵上交差点で原告林ら六名に対して、説得、質問した行為は警察法二条一項、警察官職務執行法二条一項に基づき、また本件車両の前面ガラスを割った行為は、同法五条に基づく制止行為及び現行犯人逮捕のために緊要な措置として行ったもので、いずれも適法な職務行為である。

四  被告の主張に対する原告らの認否

(一)  被告の主張(二)の事実のうち、原告林ら六名が本件車両に乗込み、大蔵上交差点にさしかかり、国会議事堂方面に向け左折しようとしたこと、本件車両が同交差点内で一旦停車したこと、畠田巡査部長が原告佐野に対し直進するよう説得し、また免許証の提示を求めたことは認め、その余は否認する。本件車両の演台上にいた原告長谷川は、国会議事堂方面への進行を断念し、警察官らの指示どおり直進することとし、これを傍らにいた畠田巡査部長から車内にいて運転をしていた原告佐野に伝えてもらうべく、その注意を喚起するため、所持していた旗竿(非鉄金属製でビニールを巻いたもの)で軽く一回同巡査部長のヘルメットに触れたにすぎない。なお甲斐中隊長は、原告長谷川だけでなく乗車員全員の逮捕を命じたのである。

(二)  同(三)の事実のうち、原告佐野が本件車両を後退させたこと、松浦巡査部長が本件車両前面ガラス部分に取付けられた金網を剥したこと、加倉井巡査が本件車両前部ガラスを割ったことは認め、その余は否認する。原告佐野は、全員検挙の命令のもとに、車両には車止がかけられて前進不能となり、また警察官が車両前面の金網を剥したうえ、前面ガラスをたたき割ったりしたので、危険を感じてやむなく本件車両を後退させたのである。従って、当時車止により本件車両は前進しえなかったのであるから、加倉井巡査が松浦巡査部長の身の危険を感じるはずがなく、同巡査は、逮捕活動のため積極的に前面ガラスを破壊したのである。

(三)  同(四)ないし(六)の事実のうち、原告佐野、同長谷川、同林及び同岡部が逮捕されたことは認め、その余は否認する。

(四)  同(七)の事実のうち、原告藤崎及び同鈴木が本件車両から降車し、逮捕された原告らとともに輸送車に乗車したことは認め、その余は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  警視庁第二機動隊所属の警察官が被告の公権力の行使にあたる公務員であること、同人らが昭和五一年四月二七日通称大蔵上交差点付近において、本件車両の前面金網の一部及び同前面窓ガラスを破壊したこと、その際原告林、同長谷川、同岡部及び同佐野が逮捕されたうえ一二日間拘禁されたことはいずれも当事者間に争いがない。

ところで原告大場は、右警察官が本件車両の前面金網の一部にとどまらずその全部、左側面の金網及び窓ガラス並びに同車両積載のアンプをも破壊した旨主張し、《証拠省略》中にはこれに副う部分があるが、《証拠省略》と対比すると措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

また、原告林ら六名は、右警察官からいわれなく暴行を受け、その結果、原告林、同長谷川及び同鈴木はそれぞれ加療約一週間の傷害を負った旨主張し、《証拠省略》中にはこれに副う部分があるが、《証拠省略》並びにこれによって認められる後記二(九)記載の事実関係と対比してみると、容易に措信することができず、他にこれを認定できる証拠はない。

更に原告藤崎及び同鈴木は、いずれも他の原告らと共に前記警察官によって(不当に)逮捕された旨主張し、《証拠省略》中には、これに副う部分があるが、《証拠省略》とこれによって認められる次項(八)記載の事実関係とを対比すると、容易に措信できず、他にこれを認定できる証拠はない。

二  そこで右認定にかかる警察官らの職務行為の適法性について判断する。

《証拠省略》に、前項掲記の事実を加えて判断すると、以下の事実が認められる。

(一)  原告林ら六名は、いずれも右翼団体に所属していたものであるが、昭和五一年四月二七日衆議院外務委員会において核防条約批准のための審議・採決が行われることを知り、これに抗議・反対して、そのための街頭宣伝活動を行うことを企図し、ほか三名とともに本件車両(長さ四・三一メートル、巾一・六九メートル、高さ一・八八メートル。窓ガラス部分には全部これに沿いこれを覆って太さ〇・二センチメートルの白色針金の二ないし二・五センチメートル四方目の金網を張りめぐらせてある。車体屋根上には、四囲を「和魂維新」、「北方領域奪還」、「憲法改正」、「YP体制に死の総括を!」と大書された金属製キャリアーで囲んだ横一・三五メートル、縦二・九八メートルの演台が設けられている。)に乗込み、国会議事堂方面に向った。

他方、かねてから、同条約批准に反対する右翼集団によって、国会審議の妨害等が行われ、右同日の審議・採決についても、これを実力で阻止することを標榜する動きもあり、国会当局から警視庁に対し国会議事堂周辺等の警備要請があったことから、警視庁では国会議事堂周辺の警戒にあたることとなった。そして警視庁第二機動隊第二中隊(中隊長甲斐義隆)は、通称大蔵上交差点において警戒中、本件車両が街頭宣伝活動を行いながら国会議事堂方面に進行中のところ、総理府前交差点において、ジグザグ、渦巻運転を行い、同所で警戒中の警察部隊に突入しようとするなどの行為に及んだとの無線連絡に接した。

(二)  そして原告林ら六名を含む総勢九名の乗った本件車両は、昭和五一年四月二七日(以下の記載は同日なので、日付の記載を省略する。)午後二時五〇分ころ、街頭宣伝活動を行いながら、溜池方面から大蔵上交差点に進入してきた。そこで同交差点で警戒中の警視庁第二機動隊第二中隊所属(以下の他の警察官の所属も同様。)の笠原巡査らが本件車両を運転する原告佐野に対し、そのまま国会下方面に直進するよう指示した。ところが原告佐野は、右指示を全く顧みず、本件車両を同交差点で左折させたうえ、総理官邸又は国会議事堂正門方面に向おうとした。そこで、甲斐中隊長は、部下に本件車両をひとまず同所に停車させたうえ、国会下方面に走行させるよう説得することを命じた。これを受けて、畠田、平井両巡査部長らは、左折を開始して横断歩道にさしかかった付近で一旦停車した本件車両の左前部助手席側に近寄り、説得活動を開始した。しかし原告佐野は、警察官らの説得にかかわらず、警戒のため横断歩道に沿って停車中の警察輸送車両の直近まで低速でなおも数メートル本件車両を前進させ、進行方向を国会議事堂正門方向(北)に向けて停車した。この間本件車両に同乗していた原告林らは、演台上に設置したスピーカー、マイク等により軍歌を流し、核防条約の不当性を訴える街頭宣伝を継続したため、付近は著しい喧噪に包まれた。

(三)  そこで甲斐中隊長は、原告林らが、さきに総理府前交差点で警戒中の警察部隊に本件車両を突入させようとしたことや、現に大蔵上交差点で街頭宣伝活動を継続していることから、畠田巡査部長に対し、右説得活動とは別に、運転手の運転免許証及び道路交通法七七条一項、七八条三項所定の許可証の提示を求めるよう命じた。これを受けて畠田巡査部長は、本件車両右前部の運転席側に移動し、身振りで運転免許証等の提示を求めた。これに対し、原告佐野は、運転免許証を取出したものの、扉をあけて畠田巡査部長にこれを提示しないばかりか(窓ガラス部分には金網がめぐらされているので、窓ガラスだけをあけても直接これを提示することはできない。)、同免許証をちらつかせるなどしたため、同巡査部長は、その記載内容を確認することができなかった。

(四)  ところがそのとき、本件車両の演台上にいて同所に設置されていたスピーカーで街頭宣伝等を行っていた原告長谷川は、いきなり所携の塩化ビニール被覆のアルミニウム製旗竿(材質の厚さ〇・五ミリメートル、直径二ないし三センチメートル、長さ一ないし二メートル)で右のような公務執行中の畠田巡査部長の頭部ヘルメットをこずき、驚いて上を見上げた同巡査部長に対し「何をやっているんだ。馬鹿野郎。」と怒鳴りつけた。これを現認した甲斐中隊長は、原告長谷川の畠田巡査部長に対する右暴行が公務執行妨害に該当するものと判断し、所携の指揮棒で同原告を指示したうえ、配下の警察官に対し、同原告の逮捕を命じた。

(五)  そこで松浦巡査部長は、本件車両の走行防止のため、木製車止をその前車輪部に投込んだ(ただ、その方法は車両の前進を多少阻害するにすぎず、後退及び後退後の前進を妨げるものではなかった。)。また、畠田、平井両巡査部長は、本件車両前部から演台に上って原告長谷川を逮捕すべく、本件車両の前面窓ガラスを防護するためこれに沿ってこれを覆っている金網(太さ〇・二センチメートルの白色針金の二・五センチメートル四方の金網)を掴み、バンパーに足をかけたところ、原告佐野はいきなり左転把のうえ本件車両を後退させた。そのため、畠田巡査部長らは、本件車両から振り落とされるようになってとびおりた。

他方本件車両の演台上にいた原告林、同長谷川及び同藤崎は、マイク等を通じ周囲の警察官に対して罵詈雑言を浴せかけるとともに、原告長谷川逮捕のため本件車両の両側面に接近してきた一〇数名の警察官に対し、こもごも旗竿を振回して、演台に上ることを妨害した。そして、加倉井巡査が本件車両右側面部から演台に上ろうとしたところ、原告林は、いきなり所携の旗竿で同巡査の顔面鼻下部分を突き、同巡査に加療一週間の傷害を負わせた。

(六)  この間原告佐野は、本件車両に近付きよじのぼって原告長谷川を逮捕しようとする警察官の活動を妨害するべく、本件車両を幾度となく急発進させて前後進をくり返し、次第に同車両の位置を当初の位置より後退させ、またその進行方向を国会下方面(東)に向けようとしていた。松浦巡査部長は、このような本件車両の移動及び逃走を阻止して、公務執行妨害行為を行った原告長谷川、同佐野(及び同林)を逮捕するため、本件車両左前部に木製車止をかけようとしていたが、原告佐野が急発進を繰返すため思うにまかせず原告佐野に車両の停止を命じたが、同原告はこれに応じようとしなかった。このように前記のような公務執行妨害行為等を行った原告長谷川、同林及び同佐野は高速で疾走する機動性を備えた自動車(前記のとおり、全窓ガラスに金網が張りめぐらせてある。)に乗車したまま扉に施錠し、その逮捕活動にあたっている警察官らに抵抗して、本件車両を前進後退させ、また演台上から旗竿を振回すなどして、同車両にしがみついた警察官を振り落とし、これに寄せつけず、車止による車両移動阻止の方法も充分に活用できず、かつ、他に適切な阻止手段もないので、いつそのまま逃走するかもしれない状況にあった。そこで、松浦巡査部長はやむなく、本件車両の前面金網の運転席側上端を引張り、これを剥して助手席側に折畳み始め、加倉井巡査は、右のような事情に加えて、現に本件車両前部で逮捕活動に従事している松浦巡査部長に対し、その急発進等のためいかなる危害が加えられるかもしれないことを慮り、所携の警杖を両手で上段に構え、同車両を運転していた原告佐野に対し停車を命じたがこれに応じなかったので、やむなく午後二時五五分ころ、その警杖を斜め上方から振りおろし、一撃のもとに本件車両の運転席付近の前面窓ガラスを破壊した。このため本件車両が停車したので、松浦巡査部長らは、すかさず右車両左前部に鉄製アングル(車止)をあてがい、漸くその移動阻止に成功した。

(七)  そして松浦巡査部長は、原告佐野に対し、公務執行妨害の現行犯人として逮捕する旨告げて、本件車両から降りてくるよう命じ、同原告は、暫くこれを渋っていたが、漸く施錠を開いて降車したので、同巡査部長は同原告に手錠をかけて逮捕した。

また、平井・畠田両巡査部長及び加倉井巡査は、本件車両の停車とともに後部にかけられた梯子を用いて演台に上り、原告長谷川を公務執行妨害により、原告林を公務執行妨害と加倉井巡査に対する傷害により、それぞれ現行犯人として逮捕した。

田子昭男巡査部長及び上野巡査は、原告長谷川らを逮捕しようと演台に上った際、所携のトランジスターメガホンで上野巡査の左肩付近を突いてこれを妨害しようとした原告岡部を公務執行妨害の現行犯人として逮捕した。

(八)  なお本件車両に同乗していたその他の者については、参考人として取調べをする必要があったところ、車中にいた原告鈴木は原告佐野とともに降車して、また演台上にいた原告藤崎については、甲斐中隊長の参考人同行要請に基づき、それぞれ特に強制に亘らない程度の警察官の慫慂のもとに、被逮捕者とともに、警察の輸送車両に乗込んだ。右輸送車両内では、被逮捕者の脇には警察官が坐り、手錠をさせたりその腕を掴んだりしていたが、参考人として同行した者達については、そのようなことはなされなかった。そして麹町警察署到着後は、被逮捕者と参考人とは分離され、参考人は午後五時ころ帰途についた。

(九)  右輸送車両中及び麹町警察署において、原告林ら六名のうち、逮捕若しくは同行について抗議し、又は疑義を唱え、また傷害等を訴える者は誰一人いなかった。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》。

右認定事実によれば、松浦巡査部長、加倉井巡査らの本件車両の前面金網の破壊及び警杖を使用しての本件車両前面窓ガラスの破壊は、現に公務執行妨害罪を犯した犯人の逮捕及びその逃走防止並びにその公務執行に対する抵抗抑止のためにやむを得ずなされたものであり、必要の限度を超えたものとはいえないから、正当な職務活動の範囲に属し(なお警杖による窓ガラスの破壊については警察官職務執行法七条参照)、違法性を欠くものというべきである。

更に、原告長谷川、同林、同佐野及び同岡部がいずれも公務執行妨害罪等を犯したものであり、かつその逮捕の際現行犯人の要件を具備していたことは、前記認定の事実関係に照らし明らかであるから、何らの嫌疑がないにもかかわらず違法に逮捕・拘禁されたとの右原告らの主張は採用できない。

三  従って、原告らの本件請求は、その他の点について判断するまでもなく、いずれも理由がなく、棄却を免れない。

よって、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原幾馬 裁判官 和田日出光 佐藤陽一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例